中小企業にはびこる「強制異性愛社会」を変えていきたい。日本を代表するLGBTイベント「東京レインボープライド」の主催者・山縣真矢氏と、レズビアン支援団体「LOUD」の大江千束氏は、こう願ってやまない。今やLGBT支援の泰斗と言われる二人だが、自身がカミングアウトをした際には親族や友人から、心にも無い言葉を浴びせられたという。彼ら自身の経験を元に、職場環境における当事者・非当事者・企業の三者の問題点と解決策について語ってもらった(聞き手:Flag編集部 サム)
①ーーー日本の大手企業や、外資系企業はLGBTへの受容度が高まってきていると思うが、中小企業はどうか。
大江氏:
中小企業の受容度は、残念ながら低いと言わざるをえない。私が社員として30年前に勤めていた中小企業は、男女の社員における恋愛や結婚が当たり前になっていた。レズビアンの私からすると、その環境に嫌気が差してしまい辞めてしまった。その後、別の会社に務めた時は、正社員と比較すると時間的、人間的な拘束が少ないと言われる派遣社員の立場だったため、男女間の恋愛などに特に配慮しなくとも働くことができた。「働くことだけを考えればよい」という環境だったため、気楽な気持ちになったことを思い出した。
山縣氏:
「正社員から派遣社員となり、気が楽になった」という大江氏の経験は貴重だ。LGBT当事者における、職業選択の不自由さや、非当事者との所得格差という問題を映し出す例だと言えるからだ。実際に、私の周りのLGBT当事者の多くは、LGBTの理解が進んでいない企業に正社員として働くことに悩み、派遣社員として仕方がなく働いている人が多い。
②ーーーどうして、LGBT当事者は中小企業では働きにくいと思ってしまうのか。
山縣氏:
「家族的な経営」という中小企業の風土に原因があると考える。多くの優良中小企業には、世話好きの上司が部下の生活や男女の結婚まで面倒を見るという社内風土がある。この風土に対しては、私自身は尊敬の念を抱いているが、LGBT当事者にとっては、「LGBTに配慮していない社内風土」と思われてしまっているのではないか。今後は自社にもLGBT当事者がいるという認識を持ち、LGBTに関する社員教育などを行っていければ良いと思う。
③ーーー「強制異性愛社会」が、企業のみならず世の中に根付いているとか。
大江氏:
異性愛・同性愛など、性の形は多様に存在しているが、性の規範が異性愛のみに「強制的に」決まってしまっている。これを、私は「強制異性愛者社会」と呼んでいる。特に深刻なのが、男性のレズビアンに対する偏見だ。レズビアンに対して、男性は「俺が直してやる」、「男性と付き合ったことがないからだ」と、レズビアンに対して一方的に詰るという例が多数あると聞いている。
④ーーーなぜ男性は、レズビアンに攻撃的になってしまうのか。
大江氏:
女性が、自分という男性に興味を示さないことが気に入らないからだ。そんな女性に、「許せない」という意識を持ってしまったり、男性としてのプライドを傷つけられたと思ったりしてしまうのだろう。女性に対する性暴力を誘引するような、由々しき問題だ。
⑤ーーーこのような社会において、カミングアウトはしたほうが良いと思うか。
山縣氏:
LGBT当事者への理解が進んでいない企業の場合は、慎重にならざるをえない。主な理由としては、①LGBTであることを、仕事の出来・不出来の判断材料にされてしまうから、②カミングアウトをされた社員が、アウティング(本人からの了解を得ずに、性的指向や性自認を他人に伝達する行動)をしてしまう可能性が高いから、ということだ。①については、LGBT当事者が、仕事に失敗したら「あいつはLGBTだからだ」と言われ、逆に成果を出したとしても、「LGBTだから、特別に配慮されているからだ」と言われてしまうという。
⑥ーーーカミングアウトの受け手が、本人の了解なしに、周りに話をしてしまう理由は?
山縣氏:
受け手のほうがLGBTに対する知識や受容度が低いため、対処策がわからないからだ。その結果、受け手は「本人から了解を得ずに、他人に伝達してはいけない」という原則を知らずに、周りの人に相談をしてしまいそれが全体に広まってしまうのだ。ポイントは、受け手は自分を信頼してカミングアウトをしてくれた人の役に立ちたいという思いから、周りに相談したということである。悪意のあるアウティングは論外だか、このように「善意のアウティング」をしてしまうケースが多く見受けられる。
⑦ーーーどうすれば、LGBT当事者・非当事者にとって良い職場環境を作れるのか。
大江氏:
いわゆる「トロイカ体制」(三者による集団活動体制、ロシアの3頭立ての馬ぞりが由来)を敷くことだ。つまり、当事者・非当事者・企業の三者が相互に支援し合いながら、LGBTに関する理解を深めることが重要だ。例えば、カミングアウトの受け手となり得る非当事者については、山縣氏が指摘したとおり、何とかして役に立ちたいと思っているが、LGBTに関する知識不足などから悩んでしまう可能性がある。そうならないように、事前に前述の3者を交えた研修会をするなどが必要だ。
⑧ーーーその結果、多様性に富む企業として、優秀な人材にアピールできる
山縣氏:
そのとおりだ。トヨタ自動車など多様性(ダイバーシティー)に富む企業が、世界的に活躍しているのは言うまでもない。それは、多様な人材を受け入れる態勢が整っているからだと考えられる。
大江氏:
「先進的」な取り組みを、やることが当たり前なのが「先進国」だと思う。昔と比較すると、LGBTに対する世間的な受容度は高まってきていると思う。このような良い流れが続くことを願っているところだ。
※取材後記
「ダブルバインド」という概念を思い出した。2つの矛盾した命令の間で、板ばさみになるという意味で、親からの二律背反的な教育方針により、総合失調症になる子どもが増えているという。仕事に成功しても失敗しても「LGBTだから」と、板挟みになる当事者の姿が思い浮かんだ。
※次回予告
カミングアウトをした際に、親族や友人から、心にも無い言葉を浴びせられた時という二人。次回は、その体験談を元に、LGBT当事者におけるカミングアウトのタイミング、ひいてはその当否に関する二人の論考を紹介したい。