2017年10月より同性婚ができるようになったドイツだが、LGBTの人たちのカミングアウトのハードルは、未だに至るところに存在する。
今回はドイツの映画業界において、セクシャリティをカミングアウトする俳優が極めて少ないことをテーマにした、南ドイツ新聞の記事(2018.4.22掲載)を紹介したいと思う。
記者はセクシャリティに関する芸能界のタブーに切り込み、カミングアウトをした俳優たちや業界関係者に率直な質問を投げかけている。さらに、若手俳優Til Schindlerは、今回このインタビューにおいて自身のセクシャリティを公にした。
以下は、そのインタビューの抄訳である。
疑問(1):同性愛を公言している映画俳優は片手で数えるほどしかいない。これは単にドイツの映画俳優には同性愛者がいないのか、それともプライベートなことなので単に語らないだけなのか?
1 ティル・シンドラー(Til Schindler)へのインタビューから
現在24歳の映画俳優シンドラーはブロンドの髪の毛で、背がすらっと高く、左右整った顔立ちだ。
当初、彼はこのインタビューに答えようかどうか躊躇した。彼がゲイだということが業界に知れ渡ったら、キャリアに傷がつくかもしれないからである。
「同性愛者だということを誰にも知られていない有名な俳優の名前を、少なくとも5人は挙げられます。もちろん言わないですよ。でも、そのことが、何らか不都合なことがあるってことの明らかな徴候なんだと思う」。
また、カミングアウトしていない俳優の友人について
「彼は、彼氏と地下鉄の中でキスすることはできません。有名だと、自分や自分の欲求を本当に積極的に隠さなければならない。それは非常に精神的な負担になると思う」と語る。
2 グスタフ・ヴェーラー(Gustav Peter Wöhler)へのインタビューから
ヴェーラーは40年前からゲイだということを公言している。
彼にもまた同性愛だということを公表したくない業界仲間がいる。
ヴェーラーは「やっぱり問題はあると思う。私たち自身も、お互いそうゆう話はしない」と言う。
同性愛者が、職場でのカミングアウトを躊躇するのは特別なことではない。差別を受けた経験について明らかにしている調査も存在するし、このような普通に社会で起こることは俳優業界でも起こりうる。
ヴェーラー自身は、バカなコメントを聞かなければいけないこともあるが、全体として日常的に大きなルサンチマンを抱くことは無いと言う。
疑問(2):同性愛の俳優も存在することがインタビューから分かったが、ではカミングアウトを阻む要因は何なのか?
1 再びヴェーラーの場合
ヴェーラーはおよそ10年前に「なぜそんなことするんだ?」と聞かれたことを覚えている。「もちろん僕はゲイだからだよ」というのがヴェーラーの答えだ。
しかし、その相手は「私はそんなことしたくない。最早何の役も回ってこないんじゃないかって思うんだよ」と不安を吐露した。
キャリアの挫折、役回りが少なくなったりすることへの不安、今回の調査で立ち現われるのは、こういった動機なのだ。では、この不安に根拠はあるだろうか?
この質問に答えることは、ヴェーラーには難しい。彼は俳優学校に通っている頃からカミングアウトしていたからで、彼のキャリア上、同性愛は社会的人格の一部であるからだ。
2 女優マーレン・クロイマン(Maren Kroymann)の場合
クロイマンは、「著名な人物としてカミングアウトすること」がどんなものか知っている。1993年に彼女は雑誌Sternに初めて自身がレズビアンであることを語った。
43歳だった。成功したシリーズ物の主人公を演じ、ARD(ドイツ公共放送連盟)の「夜勤看護師クロイマン」という、女性としては初めて風刺テレビ番組をもつことになっていたときだった。
「番組上層部にとっては、当時、まったく面白い話ではなかった」と彼女は言う。
結局、彼女の番組は放送されることにはなったが、しかしその後配役がなくなった。1年間全く何も無かった。その後はゆっくりすこしずつ。当時はそれがカミングアウトと関係しているとは思わなかった。
「わたし、本当に全く楽観的で、多分ちゃんと演技できなかったからいけないんだなんて思ってた。その後、同僚たちは当時何度も私の起用を推薦してくれてたって教えてくれたの。でも何も起きなかったのよ」
「全くバカげてると思うわ、だって、ストレートの役だってもちろん演じることができるのに」。
クロイマンは最近では大きな作品で役を演じているが、それまでに20年かかったという。
疑問(3):クロイマンがカミングアウトしたのは25年も前のことだ。では2018年ドイツでは、同性愛者という理由で役をもらえないということはあるのか?
キャスティングディレクターのダニエラ・トルキン(Dainela Tolkin)は、昨年夏の連邦キャスティング協会のパネルディスカッションで、「配役とダイバーシティ」がテーマになった際に質問を受けた。
同性愛を公言することは、ヘテロセクシャルの配役において問題になるのかどうか、と。
トルキンの答えはイエスだ。彼女自身既に、ゲイの俳優が配役を断られてしまうのを3回経験している。
それは、異性愛の恋愛ストーリーをちゃんと演じられると思ってもらえないから、ということだった。
「質問を受けた際、『わたしは俳優に、カミングアウトするようには絶対に勧めないわ』と言ったの。
これには本当にさまざまな反応があった。はっきり言ってくれてよかったというものや、怒りに満ちたもの。
今は各人が自分自身に対してありのままで人生を送るべきだと思うけど、俳優の性指向は残念ながらひとつのテーマなの。
影響を及ぼす事柄だし、誰かが、ある俳優がゲイかどうか聞いてきたとしたら、わたしはたとえ知っていたとしても、知らないと言っているわ」。
Tolkinの経験上、女性の方が配役の際問題になりにくようだ。ただ、ゲイの俳優でもキャリアの上でまったく不利になるということではない。ある一定の役回り、つまり恋愛映画の(主)役では問題になってくるということだ。
さらにトルキン曰く、ゲイだとカミングアウトして問題になるのは、本当にトップにいる俳優たちだけだということである。
疑問(4):業界や観客は、ただゲイだということで、好きだった俳優から離れてしまうのか?いかに演技するかということに関係無く、俳優のプライベートな生活が役とマッチしているときだけ、視聴者はその役柄を信じるのだろうか?
1 クレメンス・シック(Clemens Schick)の場合
シックは2014年のカミングアウト後も、国内外で活躍している。父親、ストレートの彼氏役もあるし、例えば、バイセクシャルな警部役等カミングアウト以前では演じていなかった役柄もある。
ところで、最近は特にセクシャリティについて発言をしていないけれども、彼の2014年のカミングアウトは明らかに社会に対する声明だった。シック、クロイマン、ヴェーラー、そしてシンドラーはとても政治的な人間だと言える。4人全員が、何かを変えたいという願いに突き動かされ、危険に身を投じるのを厭わなかった。
2 若手俳優シンドラーの願い
シンドラーは1993年に生まれた。クロイマンがカミングアウトした年だ。彼は既に様々な役をこなし、そのほとんどは異性愛者だった。
彼は今後も役のオファーがあることを望んでいる。
演じること以外で何かを望んだことはない。彼が若くして仕事を始めた頃、手本になる人物がいればと願った。若手で、ゲイで、それを公然と語りのける。
「もしこれから芝居をすることを考えている同性愛の男子がいたら、それが可能なんだということが分かると思うんだ。そしたら僕も報われるよ」。
*引用記事