LGBT当事者(ゲイ)の弁護士として、活躍している永野靖氏は、LGBT差別禁止法の施行に向けて、活発な活動を展開している。その原動力は、自身や弁護士としての経験があるという。LGBTについて、「家族観の崩壊が起きる」、「人類の再生産を止めることになる」などのネガティブな意見に対する、永野氏の考えや想いを聞いた。
ーーLGBTへの理解は遠い法曹界
以前驚くようなケースが有りました。私の知人の弁護士がある刑事事件の法廷で、自分の担当事件がくるまで傍聴席で待っていた時のことです。その事件では、被告人がゲイの方でした。その方は犯罪を犯してしまったので、その犯罪自体は追求されて当然のことです。しかし驚いたことは、彼の弁護人が被告人質問で「あなた同性愛をやめますか?」と質問し、ゲイである彼に「はい」と応えさせる場面があったことです。その後、検察官も同じような質問をしていました。ゲイに対して全く理解がないことに驚きました。同性愛者であることをやめさせることと、犯罪を反省することは全く違います。同性愛者であるということは、やめるとかやめないの次元の話ではありません。
この業界はまだ立ち遅れているという印象があります。関心を持つ弁護士の方もいますが、まだごくごく一部に過ぎません。そもそもLGBTについての知識がない人が少なくありません。
――偏見を持たずに、相手の相談に乗れる弁護士は多くない
事件化する背景にセクシャルマイノリティが関わる問題は多くあります。例えば、消費者相談窓口には、LGBTの方が出会い系サイトでお金を騙し取られたという事件もあります。その時に、偏見なく相談を受けられている弁護士はどのくらいいるのだろうかと思うことがあります。同性愛に関しての事件を客観的に見るためには、LGBTの知識は絶対的に必要なものです。弁護士全員が最初に受ける研修所である、「司法研修所」でLGBTについてもしっかり勉強すべきだと思います。
――弁護士として働くきっかけ
アカ―(動くゲイとレズビアンの会)という団体に関わるようになったのがきっかけでした。将来日本でもセクシャルマイノリティや同性愛に関することが法律的な問題になると思い、銀行を辞め、弁護士になることを決めました。銀行を辞めるとき、両親に事情を話しましたが、最初はなかなか簡単には理解してもらえませんでした。しかし最終的には、特に父親にはとても良く理解してもらい「府中青年の家事件*」の時もいつも傍聴に来てくれました。
※府中青年の家事件とは、東京都の「府中青年の家」という施設をアカ―が利用申し込みをした際、「同性愛者の団体の宿泊利用は認められない」と言って東京都が利用を拒否したという事件。
ーー同性間の結婚が認められないのはおかしい
「結婚は次世代に子孫を残すためのものだ」という意見があります。しかし、日本の民法において子供を作ることが結婚の条件になっているかというと、そうはなってはいません。あえて子供を持たない選択をする男女のカップルも結婚はできるわけです。また、子供は欲しいけれど、事情で子供を授かることができないカップルもいますが、これも法律上結婚が認められていないかというと、そうではなく、認められています。
そして同性カップルでも、できることなら子供を持ちたいと思っている方はいます。両者の血が繋がった子供を持つことが出来ないというだけであって、それは子供のできない異性カップルと変わりません。
ーー同性婚が出来ないことで多くの障壁が生まれている
同性カップルの中には、実際に子育てをしている方もいます。例えば、自分が女性が好きなことに気付かず男性と結婚した女性がいます。その後、本当は自分は女性が好きだということに気づき、男性とは離婚しました。それから、その男性との間に子供を一人授かっていたので、その子を女性が引き取り、女性のパートナーと一緒になり、育てているといったケースです。
もちろん現状では同性同士では結婚という扱いにはならないため、数多くの困難が生じています。例えば片方の女性は親権を持つことができないので、もし親権を持っている方が死んでしまったら、残されたパートナーの方は家族として子供を保護することができません。「婚姻」という単位が、子供の育成にとって安定した環境を整備するものであるとするなら、むしろ同性間の結婚を認め、同性カップル間の子供にも安定した枠組みを作ることが必要でしょう。
ーー家族観の崩壊に繋がったことなどない
同性婚を認めると異性婚ができなくなるわけではありません。つまり異性愛の方にとっては、これまで通りで全く変わらないのです。同性婚が可能になった国も現在では多くありますが、家族の崩壊があったという話は聞いたことがありません。ニュージーランドの議員の言葉にもありましたが、「同性婚が決まったからといっても、明日は今日と何も変わらない」ということです。「家族観の崩壊が起きる」というのは全くの誤解です。固定観念を捨てるのは難しいが、具体的な姿を見ることが大切でしょう。
そして、そもそも結婚は子育てのためにだけあるのではありません。ある人を好きになって、親密な関係になり、お互い助けあって生きていこうとするのが結婚です。シングルとして生きるのか、カップルとして生きるのか、結婚するのかしないのか、誰を結婚相手にするのか。その選択の自由を憲法は保障しています。そうだとすれば、同性を結婚相手として選択する自由は異性を結婚相手として選択する自由と同様に保障されなければなりません。
――次世代再生産の仕組みはなくならない
人類にとって次世代を再生産することは重要だと考えます。しかし同性婚を認めても、次世代再生産ができなくなるわけではありません。異性を好きになる人はそのまま異性を好きになる。今と何も変わらないのです。
ーー「こういう社会はもう私たちの時代で終わりにしたい」
今でもゲイの当事者の中には、女性と結婚しなければいけないのではないかと悩んでいる方が多くいます。その中には、自分の意に反して、女性と結婚するという選択を取る人がいるのも事実です。また「友情結婚」というものもあります。ゲイとレズビアンが結婚するというもので、形の上は「結婚」していますが、性的に親密な関係はなく、生活は全く別々ということもあります。
どういう人生を送るかはその人の選択です。私は若い時に女性とお見合いをしたことがありますが、女性とお見合いをするのはとてもつらい経験でした。ゲイが女性と結婚しなければいけないとか、レズビアンが男性と結婚しなければならないとか、そのような社会はもうそろそろ終わりにしたいです。そのためにはLGBT差別禁止法が必要だと思うし、同性婚の整備が必要だと思うのです。