今年25年目を迎える東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(現:レインボー・リール東京)。セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)を題材とした作品を上映する映画祭だ。毎年、南青山のスパイラルなどで開催され、華やかなイメージがある一方で、運営は全てボランティアによって行われている。スタッフは当日の運営だけでなく作品選定、上映交渉、会場設営、協賛募集まで担う。そんな今回のFlagインタビューは、映画祭を中心になって率いている運営委員会の代表・宮沢英樹氏と、同運営委員会の女性スタッフ。映画祭にかけている思い、そして一個人のLGBT当事者としての思いとは。(聞き手:Flag編集部one)
「日本でも行動を起こそう」という思いから始まった映画祭
【宮沢氏】
第一回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭運営委員会が開催されたのは1992年のことでした。 今年で25年を迎える映画祭ですが、その設立のきっかけは「海外のLGBT運動としての盛り上がっている〈映画祭〉を日本でもやってみよう」という働きかけでした。 始めたばかりの時はお客さんも少なく、中野区の小さな会議室での開催でした。 しかし、当時のチラシを見ると〈もう私たちは隠れない〉という強い言葉が載っています。 「今までとは違う運動をしていくんだ」という強い意志が映画祭設立の根本にありました。
参加者の変化
【宮沢氏】
当時は運営スタッフだけでなく、お客様も、映画祭に足を運びづらいと感じていたと思います。僕のように非常に緊張してしまったり、怖かったり、誰かに見つかったら困る―そういう思いを抱きながら参加していた人が多数でした。
しかし最近は、とても気楽に、大勢の方に来ていただいています。友達同士で来る方もいますし、カップルかどうか分かりませんが同性同士で手を繋いで来られる方もいます。
【女性スタッフ】
最近はリピーターの方も多いです。年に一度の学園祭のようなイベントとして楽しんでくれているお客様もいます。ここでしか会うことが出来ない人もいますし、大切な交流の場にもなっています。
また、海外のLGBT映画祭では殆どが当事者中心で盛り上がるイベントになっていますが、この東京の映画祭では3分の1から半数くらいがヘテロセクシャル(異性愛者)のお客様です。これが東京での映画祭の特徴でもあり、LBGTの当事者だけでなく性差を問わず映画祭を楽しみたいと思う方々が集まる「場」であると言えます。
――お二人の生い立ちについて聞いた
――カミングアウトについては?
【宮沢氏】
昔のことすぎて、実はあまり最初のことは覚えていません(笑) 長野から上京してきて、全寮制の高校に通っていました。 そこで同性のパートナーが出来たことが自分の性認識のきっかけでした。
実は、映画祭の代表を務めるようになった現在でも、職場ではカミングアウトをしていないんです。 セクシャリティのことをあえてみんなの前で発表するもの変な感じがするし、 でもだからと言ってずっと隠していることも簡単じゃない、という感じですね。 僕は「バレたらバレたでいいや」というスタンスなんです。 まあ、このインタビューでもそうですが、他でも顔を出しているし、僕の名前を検索すればネットには沢山出てくるので(笑) 以前職場で、「宮沢ってすごく過激なことをやってるね」と言われたことがあります。 その時は笑って「まあね」と答えました(笑)
【女性スタッフ】
以前から実家でずっと過ごすのは難しいなと感じて、専門学校に進学するのを期に上京してきました。 親へのカミングアウトは東京に出てきてからしました。 私の地元は田舎で、隣の家の状況は何となく知っているような感じで。 そこにいたら親が苦しくなってしまうか、自分が苦しくなってしまうかだと思いました。 東京に出てきてしまえば、親は自分の子供について聞かれても「知らない」と逃げられるので。
カミングアウトすることに葛藤はありましたが、年齢も重ねたので「もういいか」という思いでした。 親は「1人じゃなければいいよ」と言ってくれたし、パートナーにも会ってくれました。 もし何かがあった時に、パートナーを知ってくれているのは安心です。 それから現実的な話としても、保証人をつけるにあたって親の名義が必要なこともありました。 結構打算的なんです(笑)
――それぞれのご職場ではLGBTの話題はでますか?
【宮沢氏】
出ないですね。お昼のワイドショーでLGBTが流れていることがあった時、 「みんなどういう思い出見ているのかな」と少し不思議な気分になりました。
【女性スタッフ】
出ないですね。 私はそういう番組が流れた後のみんなのリアクションをよく見ていますね。 近くに当事者がいることが分からないと、意外と本音が出たりするので。 「見てるんだぞ」と思いながら(笑)
――世界のLGBTムーブメントをどう見ていますか?
【女性スタッフ】
各地で転換点が起こっているということは、そこにいる人達が行動した結果だと思います。 小さい草の根運動を地道に続けて、最終的にそういうものが積み上がった形ですね。 日本でも数多くの人がそれぞれのやり方で草の根運動をしています。
――今後、企業はどういった対応が必要だと感じていますか
【宮沢氏】
私はあまり特別な「制度」のようなものは求めていません。 それより個人の意識レベルで変わっていって欲しいですね。 「こんな些細なことで…」と壁を感じなくなれば、それで良いと思います。
【女性スタッフ】
あるイベントに参加されていた方が「自分はLGBTではないが、自分の子供が100%LGBTでないということはあり得ないから参加した」と話していました。 まさにその通りで、自分と接する人の中にもLGBTはゼロではないはず。企業はそういう可能性を考慮できるようになると良いですね。
――この活動への思いは?
【宮沢氏】
「自分がLGBT当事者であるから」というより、純粋に「映画祭が好きで、繋がりを作りたい」という想いを大事にして、活動をしています。 代表になった当時も、まだカミングアウトをしていませんでしたが、バレることは大した問題ではないという感覚でした。 それよりも映画祭が好きだったので、映画祭のためだったら顔を出して活動しようと。 皆それぞれに仕事を持ち、その傍らでボランティアとして携わってくれているので、メンバー同士も楽しみながらやることも大切にしています。
【女性スタッフ】
「続けること」を第一に考えています。 この映画祭運営委員会は全員がボランティアであるため、「続けること」自体とても難しいのが現状です。 ですが「来年も映画祭がある」ということを楽しみにしていただいている方や、心の支えにしてくれている方のために止めるわけにはいきません。 また、映画祭は無料で参加できるパレードとは違い、お客様がお金を払って映画を見に来てくれます。 その分、責任を持って映画祭を作りこまないといけないという思いです。
――映画祭を通して伝えたいことは
【宮沢氏】
そこにいる実に多様な人たちと、同じ映画を通じて、その空間を共有して欲しいです。 様々な人が同じ気持を共有できるその映画祭という空間は一種の理想かもしれませんね。 その時、セクシャリティは全く重要な問題ではないのですから。 映画祭の中で見られている光景が職場や一般社会で見られるようになったら素敵だと思います。 まず映画祭に来て欲しいです!
【女性スタッフ】
同じ思いです。
――職場や私生活で不安を抱えて生きているLGBT当事者へメッセージを
【宮沢氏】
「セクシャリティが全て」ではありません。 考えることは色々とあるかもしれませんが、別にそれだけで人生が決まるわけでもないです。 もっと気軽な思いで良いと思います。 友達を作る方法はイベントに参加するなり、いくらでもありますし、逃げたかったら逃げることも可能です。 そして、いつも思うのですが「自分が思っているより他人は自分のことを見ていない」です。 「あんまり悩まず、気軽にいこう!」くらいの心持ちでいいのではないでしょうか。
【女性スタッフ】
いかにしなやかに生きるかだと思います。 正面から受け止めると辛いこともあると思いますから。 周囲の人の意見も大切ですが、それより大事なことは「自分はどうしたいのか」ということです。 自分の思いを軸に持ち、心を強くしていくことが大切だと思っています。
〈編集後記〉
今年より「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」は「レインボー・リール東京」と名前を変える。 「レズビアン」「ゲイ」とイベント名に入ることで、2者に限定されてしまうかのような雰囲気や、イベント名でのチケットの買いづらさをなくし、 より多くの人に来場して欲しいという思いからだ。 また、インタビューの通り、映画祭は全員がボランティアで運営されているため、企業の協賛も運営には欠かせない。 映画祭運営にあたり、各方面からの協力が必要だ。(詳細については是非問い合わせを頂きたい。ホームページ http://tokyo-lgff.org/2015/ ) 今年の映画祭は記念すべき25周年。 LGBT当事者はもちろんだが、セクシャリティ関係なく、全ての人が楽しめるイベントになるはずだ。 是非映画祭に足を運んでもらいたい。