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6月30日、ドイツにて同性婚が可決された。

これまでドイツでは同性カップルに対して夫婦関係と同等の権利を認めるパートナーシップ制度が存在していたが、今回の同性婚の合法化でストレートのカップルと同様の権利が認められることになった。

これまで2万人を超える同性カップルがパートナーシップ制度を利用しており、更なる同性カップルの誕生が予想される。また、2017年に行われたある団体による調査ではアメリカの70%を超える83%が同性婚を支持しており、LGBTsの人たちにとって住みやすい環境が整えられ始めている。

 

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現在では国民の8割以上が同性婚を支持するなど、LGBTsフレンドリーな国として有名なドイツであるが、1994年までは同性婚が犯罪とされていたことはあまり知られていない。

ドイツでは同性愛行為に罰則を定めた「刑法175条」が1871年から1994年までその効力を維持しており、第二次世界大戦終了後だけでもドイツ全土で5万人の同性愛者が有罪判決を受けている。その事実はあまり知られていないが、ナチスドイツ時代にはユダヤ人と同様に収容所に入れられ、数万人が虐殺されたとも言われている。

特にベルリンでは50~60年代に警察のがさ入れが猛威を振るい、70年代になっても同性愛者への偏見はすさまじかったようである。1994年に刑法175条が廃止されるまで同性愛者が有罪判決を受けていたと聞くと驚く人も多いのではないだろうか。

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ドイツのニュースメディア「ZITTY」にて同性愛が犯罪であった時代を生きたゲイの男性の記事が掲載されていたので紹介する。

プールの定期券がシュメーリングの人生の分岐点となった。当時13歳だったシュメーリングがプールに行くと、敗戦後占領軍であったフランス人兵士が午前中身体を鍛えるためにやってきていた。シュメーリング少年は兵士の身体に魅せられてしまった。その後もプールや駅で彼は兵士たちと関係をもった。1957年7月のある暑い日、彼が15歳のときである。私服警官に見つかり、両親や弁護士なしで尋問を受けた。そのまま刑法175条違反として1か月間、土曜14時から日曜16時までは独房に入らなければいけないこととなった。(引用:https://www.zitty.de/straftat-liebe/)

 

この記事の題名は「Straftat: Liebe(犯罪行為=愛)」。ゲイであること、同性を愛すること、同性と性交渉をもつこと全てがこのLiebe(愛)という一言に含まれている。すなわち、人を愛するということが処罰されるべき行為ということであり、実際ドイツでは、刑法犯罪として100年以上もの間処罰されてきた。

愛するという行為によって処罰された人々の一人であるシュメーリング氏は述べる。「今ではガンが再発したこともあって、僕がまだ生きているうちに判決が破棄されることを願いっている」と。

2002年には1945年のナチス時代までの同性愛者の有罪判決は破棄されたが、戦後の有罪判決については法的安定性を損なうとして判決の破棄がされなかった。戦後有罪判決を出された人は「同性愛者であること」の「前科」が消えることがないままであった。

しかし、この第二次世界大戦後に出された有罪判決を破棄し補償する法案が先月22日に可決された。有罪判決を受けた5万人の判決は無効にされ保証金が支払われることになり、ドイツの反LGBTsの歴史に幕を下ろす上でも大きな意味のある決断が下された。

 

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