INTERVIEW

 

2017年末にドロップされるLGBT当事者を追った、話題のドキュメンタリー映画『恋とボルバキア』紹介記事はこちら

Flagに寄稿させて頂いている私も若干ながら出演させて頂いております縁から…小野さやか監督にインタビューをさせて頂きました。インタビューというよりは雑談となっている節もありますが。この記事でしか読めない、監督と作品のパーソナルな部分を楽しんで頂けたら幸いです。

おのさやか

はすみはずみ(以降:はずみ)小野監督っ!見たよ。『恋とボルバキア』

小野さやか(以降:小野)どうだった?

はずみ:うーん。何を伝えたかったのか正直良く分からなかった。(笑)

小野:え?意外な意見。だってはずみちゃんが楽しんでくれたこの映画の前作とも言える『僕たち女の子』と作り方は一緒なんだよ?

はずみ:うん。わかるよ。良くわからなかったっていうよりも…前作を見た時の自分よりも、今作で描かれている世界にドップリと浸かってしまった自分には客観的に見ることが出来なかったから、うまく感想を伝えられない。っていうのがもっと正確な感想かな。感想も言えないっていうのが正しいかも。

脳と心にモヤがかかって纏まらないの。(笑) でも自分のパートは想像通り。飄々と情熱を躱し続けるマイペースな悪者になってた!(笑) だから私の感想は何の参考にもならないよね。自分が対象者になってるんだし。それにしても宿主を性転換させる細菌”ボルバキア”を作品に結びつけるっていう案はいつから出てきたの?

小野:撮影を続けてて、一番悩んでる時に見つけた。カメラを回し続けてて…これが本当に映画になるのか?って悩んでいた時に、ボルバキアのことを知って、出口が見えた気がした。

テーマや思い描いていた展開が、色々な事情で使えなくなって…ストーリーラインとして使える核が使えなくなったじゃん?

はずみ: その件に関しては自覚があります。ごめんなさい。(笑)

小野:途中は本当に映画に出来るだけの撮れ高がなかった。はずみちゃんがベトナムに移住する、という話を聞いて、性別に違和感を持った日本人はなぜ海外に行くのかな、興味深いな、と思って撮影をお願いしたんだったよね。

はずみ:そうねー。ベトナムまで来てもらったのに一秒も使えなくしちゃったからね。幻想を持ってベトナムに行ったのよ。でもすぐに気がついたの。”どこに居たって自分が自分を認めない限り苦しい”って。撮れ高に関しては私も気にしてたから…樹梨杏を紹介したんだー。小野ちゃんに申し訳なくて。

小野:うん。二人で樹梨杏を巻き込もうって決めたよね。無言の意思疎通で。(笑)

はずみ:あの時の自分が小野ちゃんに提供出来る最高のものが樹梨杏だった。正に生贄。(笑)

でも、当たり前に自分のパートは自分が主役なのかなって思っていたけれど…完璧に喰われたね。そんな予感はしていたけれど…想像以上に主演・樹梨杏だった。(笑)

小野:だってはずみちゃん、全然自分の出したくない部分は出してくれなかったもん。頭も良いし、思考と行動に筋が通っていて魅力があるけれど…それじゃあ、つまらないよ。だから”はずみ”っていう出演者をどう見せるかっていうことにすごく苦心した。

はずみ:自分のテーマもペースも乱したくなかったもん。だから樹梨杏は完全にそのトバッチリを食らっただけ。まさに犠牲者。(笑)

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小野:出演者がこう撮ってほしい、というところが、あまり面白くなかったりすることってよくある。女装格言やろう!とか言って、はずみちゃんに100個格言書いてもらって、それをカメラの前で表現してもらった。それは使う使わない関係なく、演じるということの自意識をはずみちゃんの中で壊してほしかった。

それからテレビ版では「女装」をテーマに撮り始めたけど、撮り続けていくうちに違う気がしてきた。総合的にみんなを結ぶ線を得られたキーワードが”ボルバキア”だった。みんな向かう先も居る場所も悩みもバラバラじゃない?全員の悩みなんてどれだけ解ろうと向き合っても結局、理解出来なかった。

それは私は女だという確信があるから…なのかな。どれだけ察することに気をつけてもやっぱり理解出来なかった。作中で使っているMILKBARの”バクテリア”って曲がすごく良くって。WEBでバクテリア・性別とかで調べた時に”ボルバキア”の存在を見つけた。

はずみ:「私のところ、使えないなら丸々カットしてくれて構わないからね。」って言ったじゃん?それは選ばなかったの?その方が楽だったと思うのだけれど。

小野:外すとかカットするっていうのは難しかった。それを選んだら作品が嘘になるって思った。この映画に関してはそういう訳にはいかなかった。自分に嘘をつきたくなかったし、自分が選んだ人を外すのは、自分に嘘をつくことになるって思った。自分の力不足で撮り切れなかったっていう部分も含めて作品にしないと卑怯だって思う。

はずみ:カッコいいね。そして小野ちゃん愛おしいな。(笑)

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小野:はずみちゃんに関して撮りたいって思ったのは『僕たち女の子』を見て、感想をくれたからだよ。覚えてないかもしれないけど。

はずみ:覚えているよ。

小野:書いてくれた感想で信用出来たの。作りたかったけど表現出来なかった部分まで読み取ってくれた所ですごい興味を持った。この人を撮りたいって思った。

女装さんとかトランスジェンダーの人って自分への興味が強くって、自分自分であまり映画のイメージが持てなかったの。はずみちゃんは自分以外の人に興味があって…珍しいなって。なんか他の人と違うんだって思った。柔らかい部分で共鳴したっていうか、見えない部分を共有出来る人って思った。人として尊敬できる部分があるってところも大事。対象者選びってすごく難しくて…破片に興味を持てないと対象に出来ない。あなたには興味を持てるフックっていうのがあった。

はずみ:ありがとう。それは撮影対象者全員にってことだよね?

小野:じゃないと何年も撮影やプライベートな時間で付き合ってられないよ。(笑)

はずみ:「小野!キミの興味の無い人を撮れ!」っていうのは完全にビジネスだもんね。それはアートでは無いって感じする。

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小野:人としての余裕や心を開いてくれる部分が無いと撮るのは難しいよ。私はカメラの前で演じる(表現する)きっかけを与えることは出来るけど、カメラの前でどう振る舞うか、何を出せるかっていうのは結局その人次第。そのポイントをお互い模索していくのが作品作り。

はずみ:そのポイントを探しあうっていうのが小野ちゃんの作品作りの手法のスタンダードなの?

小野:いや。今回に関してって感じだよ。性別は目に見えないし変わることもあるから。私もわからない部分はわからないままに撮っていたから。

はずみ:『原発アイドル』みたいな、分かりやすいテーマや、撮影対象者にある程度の目指す部分が決まっていて、それに向けて動いているっていうのを追うっていう…そういう作品じゃないものね。

小野:そうそう。

はずみ:ああいう手間のかかる手法やアプローチは小野ちゃんの作品作りのスタンダードなのか。ドキュメンタリー映画を撮るっていうことのスタンダードなのか。それはずっと興味があった。

小野:ドキュメンタリーの撮り方のオーソドックスな手法では無いよ。恋とボルバキアの撮り進め方は私の作品作りのオーソドックスでも無い。表現することにとても能動的な人たちだったから、今回に限りって感じ。

はずみ:その手法、どうでした?楽しかったです??

小野:いやー。結果としては甘かったかも。皆に委ね過ぎて。「他の皆はこんな感じだよー」って、「これくらいは身体張ってるよ?」って全体の進捗報告はしていたけど。こっちのやって欲しいことを素直にOK!と言ってくれる人は誰もいなかった。(笑)

はずみ:すいませんね。(笑) そこは撮る人と撮られる人って相反しているからね。

小野:あと、処女作『アヒルの子』は基本的にはみんなに観てもらったかな。

セルフドキュメンタリー作品だから、私だってこれくらいは晒け出したんだぜ!?って分かりやすくハードル上げたの。やってくれるよね?って。

はずみ:わはは。(笑) 『アヒルの子』身体張ってるな…って思ったよ。

小野:皆、言葉の切り取り方も豊かで。もちろん人として魅力的なんだけど…映画にするってなると人を惹きつける狂気をさらけ出してくれないと…って思ってた。今時LGBTの人なんてたくさんいるから。LGBT当事者ってだけじゃ足りないよ?って。ただの”ありのまま”なんて撮ってあげない!って。

はずみ:そうだね。LGBT以外の人だってみんな、それぞれ人生にはドラマがあるからね。当事者とか非当事者とか関係無いと思うよ。

小野:そうそう。それをどれだけ出してくれるかっていうのでしかない。でも、映ってるものは簡単に見えるかもしれないけれど、その簡単に見えるものっていうのはみんなしんどい思いをして出してくれたものって思う。

はずみ:私も常々思っているわけ。LGBTだから辛いって…本当に辛いだけ?って。

LGBT当事者という自分に対しての自己憐憫やペシミズムで自分を正当化したり、徒党を組む事でちゃんと何か得てない?って。”何者でも無い自分”を認めるのが嫌だから。怖いから。可哀想な私っていう自分を作ることをブランディングに使ってない?って。まぁ、自分もそういう時期あったけど。(笑)

小野:それはあると思うよ。

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小野:ねぇねぇ。はずみちゃんは私に自分を委ねたきっかけとかモチベーションって何だったの?

はずみ:きっかけは小野ちゃんと一緒だよ。小野ちゃんの作品『僕たち女の子』に感じるものがあって、それを文章にしたら小野ちゃんがそれに感じるものがあった。会ったことの無い二人がお互いに相手に興味を持ち、感じるものがあった。

その後にたまたま小野ちゃんと会えて。更に意気投合した。ただの運命だよ。

撮られることに対してのモチベーションは…もう純粋に小野ちゃんが好きだったってだけ。そして“監督・小野さやか”の仕事がプロだったから。互いに時間という貴重なものを出し合っているわけだから。そこは重要だって思う。でも、もっと私を悪者にしてくれると思ってた!今回、作品を見せてもらって…「あ!小野ちゃん私に遠慮したな!!」って思ったよ。

小野:そりゃどこまでやっていいか?というところは大切だよ。誇張して描く事だって出来るよ。今回のはセクシャルに関わる繊細なテーマだと思っているから。だから面白さ、わかりやすさに重点を置く事でみんなを歪めたりしたくないよ。だって、撮影が終わっても、映画の上映が終わっても皆の人生は続いていくのだから。

はずみ:小野ちゃん優しいね。すっごい図々しいけど。カメラを回してすごいガーッと迫って来る時と優しい時のバランス感覚が良いのか悪いのか…人の冷蔵庫を勝手に開けたりするのとか寝室を勝手に使うのとかやめたほうがいいよ(笑)

でも人として本当に良い人って思う。あと、個人的には足りてる映画ってつまんないと思うから。見てから考えたり出来る部分や独自で解釈するための余白は残してある映画が好きかな。だから小野ちゃんが試行錯誤してGOを出した、人によってはわかりにくくて足りないっていうバランスで良かったんだなって今は思うよ。

小野:そうなんだよ。例えば、一人一人注釈をつけていくこともできた。LGBTのものさしでキャラ付けをしていくと歪む。

それは皆と接して、時間を掛けてバランスを取ったよ。映画を見てくれる人が観る前と観終わった後で世界が逆に見えるっていうか…映画館を出た時に普通が普通じゃなくなるっていうか。固定観念とか今まで生きてきて普通って思っていた事とかが破綻してくれればいいなって。そういうものを作品の中にトラップとして仕掛けてある。

LGBTの映画でしょ?とか。自分は違う。とか…他人事として、とか。こういう風に展開していくんでしょ?とか。見てくれる人が見たがっているモノからちょっとずつズラしていくっていう。それはストレートの人にもLGBT当事者の人にも仕掛けてある。

はずみ:なるほどね。私も固定観念とか持って見たわ。だから肩透かしを食らったような感覚を覚えた部分もあるし、サクッとテーマや描きたかったモノを理解出来なかったっていう。それは絶対にある。

小野:私、はずみちゃんと一緒に居る時にすごく刺さった言葉がいくつかあるんだよね。「小野ちゃんも男だったんじゃないの?」って言葉と「なんでそんなに子供が産みたいの?」って言葉。その二つが本当に刺さった。

はずみ:ああ。子供の事に関しては覚えているよ。男だったんじゃないの?っていうのは覚えてないや。(笑)

小野:えー!覚えてないの?(笑) あと、はずみちゃんにタイトルは『恋とボルバキア』になるかもって伝えた時に、はずみちゃんが「何そのSFボーイズラブっぽいタイトル」って。(笑) その言葉のセンスとかすごく嬉しかった。

はずみ:だって。”ボルバキア”って音の響きとか…文字にした時の雰囲気とかがSFっぽかったり。”伝説の都市・ボルバキア王国”みたいなイメージだったんだもん。

小野:ひとつの共同体という解釈なんだね。(笑)あとね。「自己存在が揺らいだ」っていうストレートの男性の感想がすごく嬉しかった。私もそうだったの。性別も、選んだ選択が正しかったかも、わからなかった。皆を撮っている時や、はずみちゃんの質問で。

はずみ:それ嬉しいな。嬉しいよ。

小野:なんで?

はずみ:だって私、PUNKSだもん。精神的な。(笑) 理解されるよりもわかったフリされるよりも揺らいでくれた方が嬉しい。人の心に残る。だから小野ちゃんもさっき「破綻してくれればいい」って言葉を使ったじゃん?それ聞いてやっぱり小野ちゃんもPUNKSなんだなって思った。胸が熱くなったよ。(笑)

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小野:本当はインタビューって嫌いなのよ。喋りたくない。前に出たくないの。でもはずみちゃんのインタビュー受けて、気付かされたよ。

はずみ:なになに?

小野:この映画に出てくる皆が「何で悩んでいるのか?そして男として生まれてきた事の何にあがいているのか?全体的に何が何だかわからない」っていう50〜60代の人がすごく多いの。そこは割り切ってたの。でも、はずみちゃん…あんなに一緒に居て、感覚も共有出来て、何なら撮影対象者だったじゃない?たくさん喋ったじゃん?なのに、こんなに出来上がったものが伝わらないんだ!?って。

はずみ:わはは。(笑)

小野:だからもっとインタビュー出なきゃなって思った。(笑) オチはどれだけでもつけられたの。わかりやすく出来たし、スッキリとしたエンディングを見せる事も出来た。でも見る人が何かを感じる自由を大切にしたいって思ってる。

はずみ:それはちゃんと届くと思うよ。絶対に皆、色々な考えを持つと思う。

小野:あと、撮影対象者の人生はエンドロールが流れても続くじゃない?皆がこれからもチェンジしていく姿が見たいのよ。

はずみ:お母さんか。(笑)

小野:映画の公開の間だけでも気が紛れるでもいいし、死にたくなくなるでもいいし。それははずみちゃんのパートに関しては私からあなたへのメッセージとして込めたよ。

はずみ:インタビューっていうのは…見る人の解釈の答えにはならないよ。でも、一端にはなるから。ヒントっていうか。だからインタビューとかもう少し出た方がいいよ。宣伝のためにも。(笑)

小野:でもさ。語ると歪むからさ。

はずみ:本当に真摯だねぇ。

小野:大体…出演者が撮影者にインタビューするっていう企画なんて無いよ?(笑)

はずみ:えー?いいじゃん。たまたまドキュメンタリー映画に出た後に私がライターになってるんだから。せっかくだからインタビューしたいじゃん。きっとこれも運命だよ。(笑)

小野:はずみちゃんはクエスチョンをちゃんと私にぶつけてくれるから良いよね。そういう人は特殊。私から見たら。あぁ…本当に続きが撮りたい。本当は10年とかかけて。でも無理だよね。お金も続かないし。出会いとテーマと世間とのタイミングの一番良い時だから今、出したのだけど。本当はもっともっと追いたい。みんなのことを。そして寄り添っていたいって思っているよ。

はずみ:嬉しい。私だってこれからも小野ちゃんを追いかけていくと思う。

小野・はずみ:これからが楽しみだね。

小野:作品が終わったとしても皆とは友達でいたいって。そしてずーっと撮りたい。

はずみ:私は全然OK。

小野:よし。言ったね。(笑)

はずみ:小野ちゃんの作品に携われたのは光栄だよ。断る理由は無いよ。

小野:映画を見てくれた人が、出てくれた人達に実際に会いに行って…その中の何人かに一人でも、その人に会えてよかった!って思える人が現れるよ。映画を見終わってその先が知りたいって思った人が居たとしたら…じゃあ皆に直接会いに行きなよ!って。それが映画に出ている皆と見てくれた人への私からのプレゼント。

はずみ:感染していくみたいにね。どんどん人との繋がりや素晴らしいものが増えていくのね。そして、それこそが…”幻のボルバキア王国”なのかもしれない。(笑)

小野:幻のボルバキア王国。(笑)

はずみ:やっぱりインタビューしてよかった。すごい楽しかった。長々と付き合わせてごめんね。明日、企画会議なのに。

小野:こちらこそありがと。

はずみ:じゃあね。おやすみ。

小野:おやすみ。

※ 監督はLGBTQと表現されていましたが本記事ではLGBT表記に統一してあります

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〜インタビュー後記

『恋とボルバキア』本当は見るつもりがなかったんです。見るつもりがなかったというよりは直視出来るメンタルが無いから見られないと思っていました。それ位、私は自分の事が好きではありません。そして撮られる事を何度放棄しようかと思った事か。

でも放棄しなかった理由は、小野監督の熱量に引っ張られた事と小野監督の愛と情熱に応えたいという一心でした。今回、仕事のために見ざるを得ないという環境になり、始めて直視する気概を得ました。それも運命、縁だと思います。

個人的には『恋とボルバキア』は単なるトランスジェンダーを追ったドキュメンタリー映画という枠を簡単に超え”人を追う事を作品にする”という行為に対して、ひたすらストイックに魂を込めた小野さやか監督の分身だと思っています。作品でも映画でもなく…人。もはや人間そのものです。監督、出演者の”その時の精一杯”が詰まった『恋とボルバキア』是非、劇場で体感して頂きたいと思います。

恋とボルバキア アイキャッチ

 

 

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『恋とボルバキア』
2017年12月9日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー。

公式ホームページ http://koi-wol.com

『僕たち女の子』(フジテレビ/NONFIX O.A.2013年)
http://www.fujitv.co.jp/nonfix/library/2013/633.html

『アヒルの子』(2010年5月22日公開)
公式ホームページ http://ahiru-no-co.com

『原発アイドル』(フジテレビ/NONFIX O.A.2013年)

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