かつてエイズは治療が極めて難しいものであるとみなされていた。
近年の治療薬の登場により、エイズによる死亡率は大幅に減少しはじめているものの、生涯にわたり薬を飲み続け、免疫力の低下と戦わなければならない。
一方で、エイズウイルスに感染する前の予防策としてのワクチン開発も難航していた。
エイズウイルスに対するワクチン開発が難航していた理由として、エイズウイルスの表面に存在する特定のタンパク質の構造の理解が難しく、エイズウイルスの表面は非常に不安定であったことがあげられる。
しかし最近になってエイズウイルスの表面を安定させる技術が開発され、タンパク質の構造がついに解明されようとしている。
タンパク質の構造が判れば、ワクチンの主成分となるエイズウイルスの「mRNA」を人工的に合成することも可能になるのだ。
「mRNA」の説明は以下である。
mRNAは、タンパク質に翻訳される遺伝情報を有する成分であり、遺伝子発現において重要な役割を担っています。分子生物学・細胞生物学分野においては、mRNAを細胞に導入することによる遺伝子発現実験も盛んに行われています。一方、mRNAは非常に不安定であり、また個体への導入においては免疫原となる場合もあることから、mRNAの安定化や免疫反応を回避するための技術も開発されています。当社は、mRNAの合成をはじめ、安定化や免疫反応の回避を可能にした技術を提供しています。
引用:FUJIFILM 富士フイルム和光純薬株式会社
このmRNAが注射によって人体の細胞内部に入り込み、細胞の仕組みをハッキングし、エイズウイルスを造っていく。
ただここで作られるのは本物のエイズウイルスと異なり、表面にあるタンパク質のみ。
この段階になってようやく、私たちの免疫システムは動き始める。
表面のタンパク質を異物と認識した免疫システムは、その形状を認識し、効果的に排除するための抗体を作り、実際に排除をはじめる。
また免疫システムは、異物であるタンパク質の構造を記憶し、再び侵入した場合には、より迅速に排除する仕組みを構築するのだ。
そのため、もし本物のエイズウイルスが体内に侵入した場合でも、免疫システムが表面のタンパク質を素早く認識し、ウイルスの本体ともども排除することができるようになる。
つまり、本当の脅威であるエイズウイルス本体の設計図の一部(mRNA)を使ってウイルスの体の一部を私たちの細胞自身に作らせ、免疫システムをあらかじめ訓練しておくというのがmRNAワクチンの働きである。
今回のワクチンが完成すれば、多くの人々をエイズウイルスから保護できるようになるだろう。
しかしそれは一時的なものに終わる可能性もある。
全人類がエイズウイルスのワクチンを接種して免疫を獲得しても、エイズウイルスは生き残りのために変異を繰り返し、ワクチンが効きにくい新たな変異種が登場すると予測される。
エイズウイルスの変異速度は、新型コロナウイルスよりも遥かに高いために、戦いはより熾烈なものとなるだろう。
だがmRNAワクチンは変異した構造を特定できればmRNAを対応したものに書き換えて、即座に対応できるため、既存のワクチンよりも変異への対応にも優れている。
ウイルスの変異速度とワクチンの開発速度の正面対決は、始まったばかりと言えるだろう。
コロナワクチンの開発がきっかけで
多くの人々が救われますように。